きっと全部





特に用事はないのだけれどね、と彼女は軽く微笑んで先ほど用意したお茶を啜る。
弟の新八がいないこの家に、私と彼女は2人きりだった。
彼女の言っていた通り、特に用事もない様子の彼女は顔を見に来ただけだと言って
ちゃぶ台を挟んで目の前に座る。
本当に急に現われたものだからお茶しか用意できず、申し訳ない気持ちで謝ると
気にしないでいいからと優しく彼女は微笑んだ。
その表情があまりにも優しい微笑だったので思わず息を呑んでしまう。
慌ててそれを誤魔化すようにそっと湯のみに口を付け、目の前にいる彼女に目をやるとすぐに、
ゴトンと音を立て湯飲みをちゃぶ台の上に置いた。



「な、な、なんでそんなに見つめるのよ・・・!」
「見ていたいから」
「即答しないで九ちゃん」



ゴトン。さっきと全く同じ音を立てて湯飲みが揺れる。
気まずそうにあっちこっちへ動き回る目線。あ、どうしよう、今照れてしまっている、とこっそりと思った。
ふいに伸びてきた彼女の両手が私に近づいてゆく。
それに気づいた私のせわしい目線が、ようやく彼女の前で止まった。



私の頬を包む。
縮まる距離。
戸惑う表情。
彼女は笑う。
体温が混じる。
愛おしい。
愛おしい。
そんな風に聞こえてくるような気がした。
そう思うと少し泣きそうになった。



カチカチと時が音を刻んで、私は時間なんて要らないのにと思った。
額、瞼から目尻、唇、また唇、もう一度唇、懲りずにキスをする。
恥かしくなりながらも目線を揚げると、顔を赤く染める彼女が見えて、
愛が、情が、すべてが、こぼれ落ちてしまいそうだと思った。
彼女が目を伏せ、まつ毛が影を落とす。



「・・・死にそうよ」



やっとの思いで小さく呟いた私の声を受け、心地よい窒息に息を吐くように笑った彼女に心臓を締め付けられた。






「僕も死にそうだ」











あなたのせいよ